たとえばこんなプロローグ

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マキハラアパート。 それが輝樹が現在部屋を借りているアパートの名前だ。 建てられたのも2、3年前と比較的最近で、つやつやのクリーム色の壁が日光を浴びて輝いている。また、アパートは三階建てであり、一階には管理人室が一つ据え付けられていた。 輝樹は駐輪場に自転車を置くと、買い物袋を提げて急ぎ管理人室の呼び鈴を鳴らす。 ピンポーン、とお馴染みの音が響いた数秒後、青みがかった扉がおもむろに開いていった。 「ちわーっす。言われた通り、買ってきましたよ……」 輝樹は袋を前につき出し、不満げに唇を尖らせながら言う。 だが、部屋の中から現れた人物を見るやいなや、ぎょっと目を丸くした。 「おやおや前森。アタシのために何か買ってきたのかい。嬉しいねえ」 そう言って出てきたのは、年代的に考えても人並み以上に肥えた、恰幅のいいオバチャンであった。 彼女の名前は谷原 千世(タニハラ チセ)。輝樹達の通う学校の食堂に勤めているオバチャンだ。 当然のことながら、この管理人室にいるはずの人間ではない。 「なっ……なななな、なんで?」 しどろもどろになる輝樹に、オバチャンはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。 「マキちゃんはね、今ちょっとお出かけ中さ。前森が来るかもしれないからって、ちょっとアタシが留守番頼まれてたのさ」 マキちゃんというのは、恐らくアパートの管理人であるところの牧原さんのことだろう。 なお、輝樹にアイスを買うよう脅迫したのも、その牧原さんである。
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