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「くだらないな」
まだ肌寒さの残る夏の深夜。
佐藤 吹雪(サトウ フブキ)は高層ビルの屋上で落下防止の柵を乗り越え、彼が生きるこの〝くだらない世界〟を見つめていた。
絶えず輝きを放つ眠らない街の朧げな照明が瞳に映る。
ネオンの光にぼやけたその景色は、薄汚い現実を映し出していた。
くだらない、そう言わせたのは決して彼が恵まれていなかったからではない。
むしろ吹雪は恵まれていた。
恵まれ過ぎていた、と言った方が正しいのかもしれない。
裕福な家庭。
文武ともに卓越した天賦の才。
端整な容姿。
彼にはこの世界に生を授かったその瞬間から、全てが備わっていた。
何人たりとも侵す事のできない単調な人生。
そう、弱冠17才にして彼は満ち足りていたのだ。
強いて言うのなら、満ち足りている事に不満さえ抱いていた。
彼はこの矛盾した感情に蟠りを感じ、生きる目的を失っていた。
生きる目的など、初めから無かったのかもしれない。
全てを持っていた彼に足りなかったのは刺激と言われる抽象的なモノだけ。
「死ねば満たされるのか?」
何度も繰り返したその不毛な自問。
そんな事は、決してないと分かっていた。
だが彼は退屈な〝生〟より未知の〝死〟を選ぶ事に決めたのだ。
もしも このくだらない生に光がないのなら、そこに存在するのかすら分からない死の闇すらも彼は掴もうとするだろう―……。
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