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『ブゥゥゥッ ブゥゥゥッ』
振動音が聞こえる。
彼にはそれがどこから聞こえているのか、見当はついていた。
ズボンの左ポケット。
余り使われない携帯は、今日もきちんとそこに収まっているようだ。
瞼越しに解る強い光が、彼が目覚めることを拒んでいるようだった。
「?」
朝、爽やかな日の光が眼を覚まさせる。
彼はそんな日常が嫌いだった。
朝は携帯の液晶だけが虚ろに光る真っ暗な部屋で静かに目覚めるのが彼の趣向、習慣。
いつもなら閉め切られた厚いカーテンが光を拒んでくれるはず。
それが今日に限っては鬱陶しさを覚えるほどに明るい。
吹雪は「目覚めの悪い朝だ」と脳内で呟き、床に手をついてその上体を静かに起こした。
そ こ は 白 い 空 間 だ っ た
白い床、白い壁、白い天井。
窓も、扉も、何もない。
僅かな凹凸すら見受けられない平坦な世界。
照明らしきモノは見当たらないにも関わらず、部屋全体が妙に明るい。
それに、かなりの広さがあった。
見た限りでは1辺25m四方ほどの正方形でできた立方体。
天井は異様に高かった。
そもそも天井などあるのだろうかとさえ感じられる。
何もないこの立方体の中、彼にそれを確かめる術はなかった。
意味もなく床を触ってみる。
固い。
真っ白で無機質な床は、想像していたよりも滑らかな手触りだった。
と言っても別段滑りやすい訳でもなく、強いて言うならフローリングに近い。
一見大理石のような地面だが、冷たいわけでも温かいわけでもなかった。
何かを触って〝温度〟というモノを感じないということも初めての経験であろう。
「!」
床から少し視点を上げた吹雪の目に、渇いた赤黒い血で染まったカッターシャツが映った。
思い出したように吹雪は言う。
「あぁそうか。俺は、
…自殺したんだった」
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