夢に見るのは、残酷な程甘い夢

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    暖かな陽射しの下、他愛もないことで笑いあって。 揺れる黒髪、靡く長髪。 幸せはここにあるんだと実感した。 日々がキラキラと輝いて、満たされているという幸福。 「ーーーっ!」 また夢だった。 掌から零れた幸福を見たのは、もはや両手の指では足りない程。 幸せを目の前に見せられて もう手に入らないと絶望する。 もう戻らないと分かっても夢に浸っては、また奈落へと突き落とされる。 ーーいつまで逃げる気だ?ーー 頭の片隅で自分が囁きかける。 辛い現実から目を背け、目にうつすのはあの頃の幸福。 それでもここは「今」であって「あの頃」ではない。 現実に目を向けても夢に目を向けても辛くて、僕はここから動けない。 「もう……逃げてはいられない、かもな」 あれから何年になる? 彼と顔を合わせるのが辛くて家を飛び出した。 行く当てもなく目的もなく、生きる屍のような日々。いや、目的はあった、と言えるだろうか。 知りたいことがあった。知ったからといって、実行するかは別だったが「知っている」という事実が欲しかった。 「帰ろうかな……家に」 きっと彼女が待っているから。きっと僕の顔を見た瞬間泣きそうになってから怒るのだろう。そんなことを想像して小さく笑みがこぼれた。 ーーでも、泣かせてしまうかもな。 泣いたとしても彼女は怒るに違いない。とても心配かけてしまっているから。 …情けない主だな、僕は。これでは妹にだって叱られる。 「やっと前に進むことにするよ。遅いなんて笑わないでくれよ、佳乃」 甘い幸福の残骸を踏み締め一歩、現実への道へと踏み出した。 ⇒Nextあとがき#
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