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「なんで喧嘩なんてやってるんだ?」
「テメェには関係――」
「香菜弥嬢」
香菜弥の言葉を遮る夜影。
めんどくさそうに舌打ちをして顔を逸らす香菜弥。そしてしばらくの沈黙の後に喋り始める。
「深い理由はねぇよ。強いヤツに会いたい、それだけだ。家の中だけじゃ底が知れてる。だから外に出た。何にも負けない力が欲しいんだよ。自分で自分が信じられるくらいのな」
「今はまだその力が無い、と?」
問いかけに対し、無言で首を横に振る香菜弥。
客観的に見れば、香菜弥の実力はあり余る程あるように見える。しかし本人は、どこか物足りなさを感じていた。
決定的な何かが足りない、と。
香菜弥はそれ以来、口を開こうとしなかった。
それからしばらく歩いて、街全体を見下ろせる丘までやってきた。そこからの眺めは素晴らしいもので、まるで大きな地図を見ているようであった。
「それでは2人とも。私はアイスを買ってくるので、しばらく待っていてください。くれぐれも喧嘩なんてしちゃダメですよ?」
夜影が釘をさしてその場を離れる。
2人はベンチに腰かけ、街を眺める。
「………………」
「………………」
沈黙が2人を包む。風のそよぐ音と、鳥の鳴き声が強調された。
男は気まずく感じているのに対し、香菜弥は何も感じていなかった。ただボーッと眺めるだけ。
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