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「蒼介様は黙って見ていて下さい。味噌汁ごとき、私の力でねじ伏せて見せます」
「味噌汁ねじ伏せてどうする気だ」
一人部屋に響く、二人分の声。
こめかみに浮かぶ青筋を思いながら、それでも自分の頬が自然と緩んでいることに気付いて思わず苦笑する。
何の意味もない、けれど日常にありふれた会話をするのはいつ以来だろうか、と。
紆余曲折を経て一緒に暮らすことになった少女の背中を見つめながら、「日常こそが何よりの幸せであり、平和だ」といつだったか耳にした言葉に内心で頷いてみる。
一週間前までは、いや、つい昨日まではこんな時間が訪れるなんて予想もしてなかったんだが。
実際、これが仮初めの平穏でしかないことは、俺が最も良く理解している。
「味噌汁の具は、玉葱、椎茸、柿、人参、ブロッコリー、豆腐、明太子、ピーマン、大根、葡萄、ひじき、で宜しいですね?」
「闇鍋!?」
「好き嫌いは忌避すべきものですから」
痛みの波が短くなってきた頭痛とその他諸々の不安要素に頬が引き攣り、その際、ふと視界に入った〝物〟に目が止まる。
それは、左手首に嵌った銀色の腕輪。
視線を前にやれば、少女の右手首にも同様の物が嵌められていて、改めて彼女と自分が繋がっていることを実感させられた。
――始まりは、あの雨降りの夜だった。
一生分の奇怪をそこに集約して、だがそれでも全く足りないんじゃないかと思えるほどに濃密だった夏休み始めの一週間。
人形のような少女と出逢って。
癒え掛けた傷を抉り出された。
柄にもなく必死になって、抗って。
それでも救えない存在があるのだと、当たり前のことを文字通り痛感されられた。
自分を縛り付ける鎖は結局解けなくて。
それでも、こんな俺を必要としてくれる人達が居るって、俺は初めて知ったんだ。
正直、あの一週間に対して良い思い出なんてものは欠片も抱いてないけれど、
「蒼介様、大変です。――鍋が爆発を」
「何やってんだぁぁぁあああああ!」
これから先、この少女と歩いていく人生も悪くないと、今はそう思っている。
「躾がなってませんね、この鍋」
……あぁ、やっぱり無理かもしれない。
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