一章

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 終業式が終わって一〇分ほど経った頃。  教師一同が職員室に戻って話し合いをしている間、生徒達は空調の効いた教室内で思い思いに過ごしていた。  教壇近くでは数人の女子がキャッキャウフフと恋愛話に華を咲かせ、窓際では男女混合のグループが夏休みの計画を楽しそうに練っていて。  更に視線を巡らすと、教室の隅で最近話題のアイドルやら何やらの話に興じて男子連中が盛り上がっていた。  ……言っちゃ悪いが、むさっ苦しいことこの上ない。  まあかく言う俺も、普段なら男子の輪に混じってたわいない話に加わるところなんだが、終業式の疲れが抜け切ってない今は休憩中。  一人、教室の端に位置する自席にて、机の上に身を投げ出していた。 「青春、してんなあ……」  夏休みを目前に控えてるだけあって、クラスメートの大半はテンションが高い。  さっきまで皆も同じ状況にいたのに随分と回復早いなと、何やらしんみりと老いを感じる今日この頃である。 「はい皆、席に着いてー」  と、微睡み始めた俺の思考が、開いたドアの音と若く張りのある声に引き上げられる。  後ろ髪引かれる思いで腕に埋めていた顔を上げると、教室前方ドア付近にスーツに身を包む二〇代半ばの女性の姿を認めた。  腰まである鳶色の髪を後頭部で結わえ、教室全体に視線を飛ばす眼は日本人特有の黒。それを縁取る眉は細く、形が良い。  鼻筋は通っていてかつ高く、唇は小振り。肌は染み一つなく、絹のように細やかだ。  女性にしては高い一七〇という身長は、出るとこが出て締まるとこが締まった、そのグラマラスな体型を引き立てている。 「ほらほら、早く席に着きなさい」  凛と響く声が教室に伝播する。  教員歴三年にして未だ独身。我ら2―Aが唯一誇れる、校内随一の美人教師。  現代史の教師兼、担任――杏藤夏紀だ。  そのハキハキした声とリズムある手拍子に、席を離れていた生徒達も名残惜しそうにしながらも動き出す。数秒とせず、全員が自分の席に腰を落ち着けた。
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