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漁船の接近する速度が、とてつもなく緩やかなものに感じられた。同じように一秒が一分にも、一分が一時間にも感じられる。吉岡だけでなく、全ての隊員が同じような感覚を味わっていた。
漁船が姿を現してから港に横付けするまで、僅か数分の出来事に過ぎなかったが、吉岡はその数分をいまだかつて感じたことのない緊張の中で過ごした。
漁船から二人の人影が降りてくる。その一人がアタッシュケースを手にしていた。恐らくあの中に目標が収められているのだろう。吉岡はそのアタッシュケースを目に焼き付けた。
バンからも二人が降りてきた。いよいよ取引が始まろうとしている。吉岡はサブマシンガンのグリップを握り直し、作戦開始の合図を出そうとした。
吉岡が声を出すために息を吸い込んだ瞬間、無線機から声が聞こえた。
「別の車両が二台、こちらに向かっています。別の車両二台が接近中」
なにが起こっているのか、吉岡は瞬時には判断出来なかった。隊員の間にも困惑の雰囲気が流れる。吉岡は必死に思考を巡らせて、指示を出した。
「待機。少し様子を見るぞ。待機」
取引を行っている連中の仲間がやってきたのか。それにしてはタイミングが妙だった。今まさに取引が始まろうとしているのだ。
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