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ある夏の日、何処から仕入れた情報かは知らないが、カノン様は『夏祭りに行きたい』と言い出した。
書斎の机の上に天高く積まれた書類が、カノン様には見えていないのだろうか……。
僕の確認作業も追いついていないというのに、カノン様は早々に自分の仕事を放棄してしまったようだ。
そして、いくら窘(たしな)めても聞き入れず、挙げ句の果てには駄々をこね始めた。
仕方がないので、僕は『本日締め切りの仕事が片付いたら、御褒美に夏祭りへ連れて行って差し上げます』という条件を出したのであった。
「緋月! あれ! あれは何だ!?」
浴衣を着込み、履き慣れない下駄を履きながらも、カノン様は忙しなく走り回る。
その度に、からんころんと下駄が鳴った。
「ああ、あれは、金魚すくいですね。紙で出来た『ポイ』という道具で、水槽の中を泳ぐ金魚を掬うのですよ」
「掬ったら、持って帰ってもいいのか?」
「えぇ。だいたい、おひとりにつき2匹か3匹くらい貰えます。気前の良い方ならば、掬った金魚すべてをいただけますが……まぁ、あまりたくさん貰っても困ってしまいますからね」
興味津々のカノン様に、僕は苦笑しながらそう教えた。
するとカノン様は、ふんふんと頷きながら僕の話を真剣に聞いている。
そんなところもまた、可愛くて愛おしいと思った。
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