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それからと言うもの、特に目立った進展は無かった。時折会う浅松さんからは何も言ってこないし、毎日会って話す久音も、僕らに勘付いた様子もない。別に後でバラす心積もりな以上内緒にしてる意味も薄れているのだが、今言うべきことでもないと僕は黙りを続けていた。
一度だけ、久音は僕に「悩み事でもあるんですの?」と図星を突く質問をしてきたのだが、僕はそうだよとしか言わずに話を打ち切った。下手な嘘を言って勘繰られるよりはこっちの方が全然良い。僕の心情を知ってか知らずか、久音はそれ以上追及してこないでくれた。ありがたい。
そして約束の期日が近付くにつれて、僕は準備を整えていた。こんなもん持って行っても何の役にも立たないかもしれないが、僕は自分の通帳と印鑑、今まで貰ってきたお金を全て出来うる限り集める。今の僕が久音に対して、お金だけの付き合いじゃないと態度で表明する方法が、恥ずかしながら返金しか思いつかなかった。相手は百戦錬磨の大企業社長。取り繕った言葉は通じないだろうしね。
時間は待ってくれないのはいつも通りだけれど、今はそれがありがたかった。何故なら僕は、早々にこの私欲に汚れた関係を切って、胸を張って彼女の隣に立ちたかったからだ。
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「じゃあ久音、先週話した通りに僕今日早抜けするから」
運命の日、僕は生徒会室で久音にそう告げる。仕事が多いままだったので生徒会は結局今日も仕事する羽目になったが、それでも僕は休みをとった。会員の他の皆はなんのこっちゃな顔つきだったが、僕がざっくり抜けられない用事があると言ったら「ここ最近の不思議な頑張りようは、今日時間を作る為だったんですのね?」という久音のフォローで皆が納得してくれた。普段そんなに不真面目か? 僕。
……不真面目だな。うん。
承認印は、仕方ないから久音に預けた。何かあっても困るし。
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