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車を運転する浅松さんの表情は見えない。下手に反応されてもそれはそれで恥ずかしいものがあるので構わないが。窓から家が近くなった事を確認したと同時に、信号待ちで止まっていた車が走り出す。そして浅松さんは、静かに呟いた。
「頑張ってくださいませ、臼井様」
その台詞に対して、僕はこう返す。
「やれるだけやりますよ」
会話はそれっきりになり、そのまま僕は家に到着した。浅松さんは僕に挨拶し、僕もそれを返して家に入る。
玄関でただいまの挨拶をした後に、自分の部屋に入りながら僕は考える。久音の執事たる浅松さんは、久音の幸せを何よりの願いとしていると思う。僕が仁さんと話して結果がどうなろうとも、僕は久音にこの顛末を話すつもりだ。その時久音は僕が金で雇われていたと知った時、どうなるのだろう?
もしかしたら、そこすら浅松さんは久音を信じてるのかもしれない。僕よりずっと長い間久音と共に人生を歩んできた方だ。僕にはわからない何かを感じ取っていてもおかしくはない。そんな浅松さんが僕に頑張ってくれ、と言ったのだ。
僕が頑張ることが、最善の展開になると浅松さんは踏んだのか? だとしたらなんて曖昧で不明瞭なアドバイスなのか。僕は一人嘯きながら、部屋に荷物を置いて風呂へと向かう。そりゃあ僕とて頑張るさ。浅松さんなら僕の意思がわかってても不自然ではない。ならば……浅松さんのあの台詞はアドバイスではない? ただの激励だったか?
……考えてもわからん。とりあえず、シャワーを浴びて来週末に備えるか。その備えが誰かの幸せに繋がると信じて。
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