終幕と開幕。

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僕はどうすべきか、一瞬悩んだ。それは仁さんという人を相手に、どうやったら上手く立ち回れるかを考えたからである。理由や言い訳はこの一時で様々なものを思いついたが、僕はそれら全てを言うのをやめて、仁さんに向き直る。前を向くと決めたのだから、ありのままの僕で話そうと。小賢しい細工を弄するのはやめである。 「……なんですか、この凄い仕掛けを施した地下は」 「カッコいいだろう?」 「考古学みたいでいいですね、男のロマンだ」 「おお! 臼井くんなら分かってくれると信じていたよ! いやー女の人が多いせいか、この家の者は殆ど理解してくれなくてね!」 仁さんは嬉しそうに語る。僕もこういう地下通路とかは好きな方なので趣向が合って何よりではあるが、どうやら天条家の多数の人は実用性以外の物をここには感じないらしい。メイド長さんに視線を向けると「私にはわかりかねます」ときっぱり告げてきた。 仁さんはメイド長さんの言葉を聞いて豪快に笑った後、僕に「かけてくれたまえ」と言った。いよいよである。持ってきた鞄を膝の上に置くように座り、仁さんの目を見据える。 引いてはならない。というか、もっと気楽に考えよう。うん。相手は確かに世界の資産家ベスト5には常にいる程の人間だが、僕からすればバイトを辞めるだけである。これまで幾度となくやってきた事だ。バイトを辞めさせてくれ、辞める理由は何々だ。そう言うだけ。
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