終幕と開幕。

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「本日はお伝えしたい事がありまして」 切り出す。目の前の仁さんは笑った表情をやめていた。どちらかと言えば嬉しそうと言った言葉が近い表現に当たるだろう。若干、僕は不思議なきもちになったけれど、仁さんが僕の台詞を遮る様子も無いのでたんたんと話を進める事にしよう。 「久音の側にいる時に浅松さんに連絡をすればお金が貰えたアルバイトですが、今日限りで辞めさせて頂きたいです」 そう言って、僕は通帳一式を差し出す。恐らく仁さんは受け取らないかもしれない。けれど、僕の自己満足だとしても……こういう姿勢を見せたかった。 庶民にとってお金は、文字通り血肉だ。汗水流して働いて、自身が生きる為や配偶者、肉親に費やす事になるだろう。僕はまだ学生で子供だ。両親にお世話になってる僕がこんな考えを持つのは十年早いかもしれないけれど、去年まで様々なバイトをやってきてそういう考え方が身についたのは良かったと思う。 その血肉を、捨てる程の覚悟で僕はこの場に居る。そんな僕カッコいい、と自己を美化する訳では無い。むしろ行動が遅すぎた程である。もっと早くからこうすべきであったのだ。 「……一応、理由を聞いてもいいかな?」 変わらぬトーンで仁さんは言う。予想してた台詞だ。回答も予め用意しておいたので、そのまま僕は話し続ける事にする。
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