終幕と開幕。

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「久音の隣に立つ理由が、お金では嫌になったからです」 用意していた台詞とはいえ、淀みなくスラスラ言えた所を見ると僕は存外本番に強いのかもしれない。 「それこそ、何故かな?」 仁さんは更に追及してきた。一瞬キョトンとしてしまったが、僕はすぐに立ち直り、仁さんに問う事にする。何故とはどういう事なのだ? 「何故とは? 言葉そのままの意味ですが、仁さんわからない所がありましたか?」 「そうじゃない。君が久音に対してお金で近くにいる事が嫌になった【理由】さ。あるのだろう? 」 「……仁さん程の察しの良い方なら、気付いていると僕は思うんですけど」 確かに訳はある。そりゃ、考えなしにこんな行動には出ないさ。別に、もう逃げないと決めたからには仁さんに言うのだって吝かではない。ただ、恐らくは天条の血筋かはたまた本人の勘の良さか。仁さんは僕から聞かないと理解できないという人では無いように思える。それにいざとなったら僕の事くらいお得意のプライバシー無視な情報収集によって、調べるのはいくらでも可能な筈である。 どうして聞いてきたのだろうか? という疑問は思考と同時に言葉が零れた。すると仁さんは一呼吸も置かずに、変わらなかった表情が待ってましたと言わんばかりになった後、こう語った。 「臼井くん。私は君の口から聞きたいのだよ、この行動に至った経緯を。書類や他者の口からではなく、他ならぬ君の言葉でね」
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