終幕と開幕。

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静寂が地下を包む。誰も彼もが言葉を発さず、ふむと唸る仁さんの音が出るだけだ。自分の息を呑む音がやけに大きく聞こえて、それがまた僕自身の緊張感を助長させる。これまでの思い出が走馬灯のように脳内を走り、それが金の関係であった事を再確認し、僕は緊張を払拭する。そうだ、僕はこの汚れた関係を切りに来たんだ。怯んでどうする、と。 仁さんの眼を真っ直ぐに見据えようと前を向いた時、ほぼ同タイミングで仁も僕を見た。初老に差し掛かろうとする年齢の筈だけれど、その眼は驚く程に真っ直ぐで強い。久音の父親だ、それで当然。 「結論から言うと、契約を打ち切る事自体は構わない。更に言うならお金も返さなくてよい。だってそれは今はそうだとしても、当時の君にとっては間違いなく……対価たるお給金が無ければしてくれなかった仕事だろう?」 「ですがそれでは僕の気が!」 「いいんだよ。第一お金を譲渡すると贈与税がかかるのは君も知っているだろう?金額は知っとるかね?」 「……一千万で231万円でしたよね?」 「そうだ。一億ならそれは4720万円にも登る。君のような学生がわざわざ国に渡す必要のない金を渡す事はあるまい。そういうのは我々金持ちの役目だ。だから、受け取ってくれたまえ。それでも気に入らないのであれば……そうだ、ならいつか私が困った時に助けになってはくれないか?」
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