終幕と開幕。

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恐らく、僕らが部屋に入る前に浅松さんらが準備していたであろうポットや茶葉がある。沸騰したお湯を作る設備などこの部屋にはないし、久音は先程帰ったばかりなのだから、必然と浮かび上がる可能性はそれだ。 久音は、ポットの中をスプーンで一混ぜしたのちに、茶こしで茶ガラをこしながら、ひたすら回し続ける。僕は調理の方法などまで詳しい訳ではないのでこれが何の意味を持つのかわからないが、多分おいしく作る調理過程だろう。長いようで短い静寂を体験し、久音はカップに紅茶を注ぐ。最後の一滴になるまで、真剣な表情で。 「……イギリスなどの、紅茶先進国では最後の一滴をベスト・ドロップと言って賞賛するそうです」 そう言いながら、久音はベスト・ドロップとやらを注いだ方のカップを僕に寄越した。 「そんな大層なもんを僕が飲んでいいのかい?」 「貴方の為に淹れたのです。飲んでくれますか?」 ……こんな事を言われちゃ、さしもの僕も拒否はできなかった。久音は努力家だし、仮にクソマズだとしても今後上達してくれると信じようと、わりと後ろ向きな予想をしながら、僕は一口紅茶を煽った。 「……にげえ」 「えっ!?」 率直な感想だった。僕の舌はできたもんじゃない、多分専門家たちに言わせたらなんかこの苦味が美味いとか色々あんのかもしれないけど、僕の口には合わない。久音はそんなバカなと言わんばかりに驚いているので、僕は自分のカップを久音に差し出してこう言った。 「えっ、じゃないよ。飲んでみ?ほら」
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