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心臓の動悸が止まない。覚悟してたのに、今になって震えてきた。よく言葉に感情が現れずにそつなく言えたと思う。内心は怯えと焦燥でいっぱいいっぱいだった。
俯きそうになるのをぐっと堪えて前を向く。するとそこには、当たり前だけれど久音がいて。何処と無く、久音が笑ってくれた気がした。僕の心を見透かした上で、背中をぽんと押すかのように。
震えが、止まった。
その小さな支えは、僕の中でとても大きな柱になってくれた。
「ゴールデンウィーク前、僕は仁さんに呼ばれて一度ここに来ているんだ。そこで……久音、君の監視を頼まれた。給料という報酬付きでね」
言った。目を逸らさずに言えた。久音は何一つ変わらない。表情、雰囲気、心。僕の目では変化を看破する事は出来ない。ただ一つわかるのは、まだ……彼女は。久音は、聞いてくれている。その変わらぬ久音が、僕にとって何よりも暖かい。
「お金に釣られたんだ、軽蔑してくれて構わない。当時の僕は、今の時点で浅ましい僕より遥かに醜く自己中で、嫌な奴だったよ。他に理由なんてないよ、それだけさ」
敢えて、今日仁さんに契約をやめてほしいと頼みに行った事、そうしようと思った理由などは、全て省いた。今言っても言い訳にしか聞こえない感じがするし、何より昔の事を語るのに、今の僕の気持ちなんて付けても蛇足にしか感じられないから。
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