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――ふっ、と微笑む久音に一瞬でも心奪われたのは失態だった。何故ならここは大通りの通学路。久音だけならまだしも、他の学生たちに見られていた。
「会長、照れてやがる」
「ほんと釣り合ってない!」
「副会長ほんと美人だよなあ」
「諦めろ。幾芥が告白しても全滅だぞ」
「俺が会長になれば可能性が?」
「ない」
「照れ顔の会長……あたし、ちょっと好きかも」
言われたい放題である。周りの連中は笑いながら声を抑える気がまるでなかった。ヒューヒューなんて低レベルのヤジが飛んでくる始末。恥ずかしさから、僕は勢いだけで連中を一喝しようとした。その矢先、久音が肩を触ってくる。表情を見ると、なんと意外にもやや渋さが僕だけに垣間見える雰囲気を醸し出していた。
「はいはいそこまで! 生徒会からの査定にいちゃもんつけられたいか!」
周りに告げると「卑怯!」「いじわる!」「どうか部費だけはお慈悲を!」などなど様々な逃げ文句を残し一目散に校舎まで駆けて行った。
学校の敷地に入り、人の気配が増えつつもこちらに聞き耳立てる生徒がいなくなった辺りで、僕は小声で久音に問う。
「なんで嫌そうにした?」
「その……貴方の照れ顔がどうのと……恥ずかしながら気になってしまって」
「まじか」
「本当ですわ! もう……」
「いや、そこじゃなくて随分素直に教えてくれるようになっ――僕が悪かったその力のこもった握り拳を下ろそう!」
「い、言われると恥ずかしいという気持ちがすぐに理解できるとは……お互い指摘していくってこういう事ではなかったんですけれど」
久音のその呟きを聞いてお互い顔を見合わせ、笑った。何も意図してないのに二人で理解している。正直楽しい。
「……僕たちって、やっぱり周りに恵まれてるよね」
「そうですわね。感謝していかなければなりません」
二人で言いつつ、校舎内に入り教室へと赴く。教室が見えた時、久音が「影人」と僕を呼ぶ。
「うん? 何?」
「もう始まっていますけど、改めて。よろしくお願いしますね」
これからの日々に対し、そう挨拶をした。
「うん、よろしくお願いします。久音」
それに倣って、僕も挨拶をした。この先の未来が、明るいものだと願って。
<完>
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