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――声……。
正面から、声が聞こえる。
独白か?
……いや、違う。これは私に向けられている言葉だ。
それは、それならば私に対する命令に他ならない。
主人の口から発せられるものは、二酸化炭素と命令以外に存在しないのだから。
だが――しかし、指示が難しい。言葉では、良く理解できない。
だから、主人の身振りや手振りを見て意図を読むしか――。
と、そこで気づいた。――私の視界は、黒一色だった。夜目を働かせるが、しかし効果は無い。
つまりそれは、周囲が暗闇なのではなく――私だけが、世界を黒と認識してるのだ。
――視力が完全に失われている。そして、それだけという訳もないだろう。
全体の破損状況を確認する。……“私”の破損率は――98%。
治癒にかかる時間は、最低でも72時間。それまで私は、2%の力しか発揮出来ないという事。
――絶望的。
10時間以内に追っ手に襲われて撃退出来る確率は……。
相手が20人までなら、5割。相手が100人になれば、3割。
――もし、相手が“一体”ならば……。
…………。
この廃屋へ、72時間以内に追っ手が現れる確率――10割。
生存率は、最早1割に満たない。どうやら、『主人に付き従う』という私に与えられた命令をこなせるのは、ここまでらしい。
「――ぁ……た――れ、……す……ぃ……」
――声帯も破損している。
『私は壊れたので、主人は私を捨てて逃げてください』の報告は伝わらなかった。
その証拠に、主人は先程までと同じ調子の言葉を私に投げている。
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