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――きみは、へいきなんかではない――
――きみには、ふつうにいきて、ふつうのしあわせをつかむけんりがあったのだ――
明暗だけは分かる様になった。少しだけ回復した視力が、主人の相貌を捉える。
私を上から覗き込む主人は、見慣れない顔をしていた。顔が濡れており、どことなく私へ命乞いをする人間に似ている。
口にしている言葉が暗号ならば、身振りから命令を汲みとるのも不可能だ。
まだ脳内の解読コードは補修されていない模様。私は黙って主人の言葉を頭に書き込み続ける。
――わたしがしねば、かれらはもうきみをおわない――
――だから、これはめいれいではない。おねがいだ――
私は主人の言葉を書き込む。
意味は全く分からないが、回復すれば解読出来る。
――しあわせになってくれ――
私は主人の言葉を書き込む。
――まちは、わたしなんかとちがう、やさしいひとがたくさんいる――
――かれらはきみをまもってくれるから、まちへいくんだ――
――そこで、きみはきみのしあわせをつかむんだ――
私は主人の言葉を書き込む。
と、そこで――。
――それでは、さいごのめいれいだ――
――命令。……どうやら暗号はこれまでらしい。
私は書き込みを終えると、それを記憶領域に放り込んだ。
解読コードが呼び出せるまでに回復した時に、それを解読する。
まずは、これから発せられる主人の命令を聞かなければならない。
私は、鉛の様に重い身体を起こすと、主人の言葉に耳を傾けた。
――わたしをころせ――
……その命令の意味は、今一分からないが。
しかし、主人の命令が間違えていたことなどない。
――――――。
――――――。
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