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「サトリクン、さんきゅーな、」
此処へ俺等を連れてきたことはやっぱり。
彼の確かな考えが
あってのことだと思うから。
病院を出て乗り込んだ助手席。
呟いてチラリ覗いたルームミラー越しに後部座席の慧里と目が合う。
「おー」
彼は特に否定するでも肯定するでもなく。
ただ気の抜けた返事をして
へらりと笑った。
そしてギュギュンとエンジンが掛かり、フロントの速度盤やらのライトが灯ると、運転席で楝の輪郭が暗闇に浮かび上がる。
ぼんやりと見える彼の、その頬や長い睫はまだほんの少し濡れているようで、ライトに照らされ僅かに光っていた。
してきたこと全部、
必要なんだよ。
センセーの、この言葉が
どんなに楝の救いになったろう。
責任感の強い心根の優しい楝。
自分がひとり楽屋に残した葵の、その取り乱した姿を目の当たりにして。
どんなに傷つき心を痛めたか。
きっと彼の思いはそこから派生して更には葵の心の闇に気付かなかったことにさえ、責任を感じていたのかもしれない。
堅く強張った心を解き解され
氷が解けるように
静かに涙を流していたんだ。
俺はただ何も言えず、フロントの緑色のライトに照らされたその影に手を伸ばし、俺達がまだ子供だった頃にしたように、彼の髪をがしがしと撫でた。
楝はだまってそれを受け入れる。
照れくさいのか唇を噛み締め、そっぽを向いてしまったけれど、俺の腕を振りほどくこともなく。
ハンドルを握ったその腕に、
ほんの少し力を込めて。
「…アオイんとこ、行こっか」
ふたりに、
会いたくなった。
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