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相変わらず何気に移動の早い慧里を追いかけて院長室のドアを開けると。
そこにはいつもと変わらない笑顔で俺等を招き入れる部屋の主の姿。
慧里はもう既に
ソファーにどっかり腰を据えていた。
「いらっしゃい」
待っていたよ、と。
お茶の用意をしながら言うから。
そっか、俺達が来ることを
この人は知っていたのか、と。
「サトリクン、言ってたの?」
その問いに、夕方電話をもらってね、と答えたのは慧里ではなく先生の方だった。
まったく、すいません。
軽く頭を下げて慧里の隣に並ぶ。
いつ訪れてもここは。
清々しい静けさの中にある。
この静寂に緊張せずに居られるのは、この見た目によらず座り心地の良いソファーのおかげか、ここの主の人柄によるものか。
気まずさも感じぬまま暫く、黙って先生の入れたお茶を口に含んでいた。
ずずっと慧里がお茶を啜る音が響く。
こういうところは案外雑把で。
「やっぱオッサンのおチャ、うめぇ…」
うっ、サトリクン…。
「すっ、すいません、サトリくんっ」
おっさんじゃないでしょ、先生でしょって慌てて慧里の口を手で隠そうとしてしまったから、慧里の手の中にあったお茶が零れて。
うわっ、トワクンさいてー、って
何故か楝に俺が叱られた。
そんな俺達を見て
先生が豪快に笑い声をあげる。
「はははっ、構わんよ」
もうとっくに診察時間は過ぎてるさ。
今私は、医者じゃない。
君達も患者じゃないだろう?と。
白髪交じりの容姿に反してその瞳は
少年のように悪戯っ気を含んでいた。
だから、オッサンだろうがジジイだろうがどうとでも呼んでくれ。
そう言われたって、
どうすりゃいいんだ。
戸惑う俺の横で
楝もフクザツな笑いを浮かべる。
「…じゃぁ、センセー…」
遠慮がちに口籠る楝。
「ははは、それは良いあだ名だ。」
あだ名、だろ?と。
また茶目っ気たっぷりに訊ねてくる。
このセンセーには敵わないな…。
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