一話 奇妙な彼女

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空はひどい気だるさすら感じるほどの、快晴だった。 バスンッ。 ぼろのサンドバッグが唸った。 青司(セイジ)は古い黒のグローブで汗を拭う。 このボクシング部の部室には誰も来ない。 青司専用のトレーニングルームと化しているのだ。ここの部員は青司一人しかいないというのが理由だ。 そんなボクシング部は体育館裏の、ボロの部室に存在した。カビ臭さと汗臭さにまみれて、切れかけた蛍光灯がちらほら浮かぶ鉄筋の天井からは錆びたトタン屋根越しに空が見えた。 そんなひっそりとした場所にある部室で、朝からサンドバッグの唸る音だけが響く。 授業をさぼる青司が日中一人で打ち込むこともある。 汗だくの青司は、体育館から勝手に持ち出したパイプ椅子にどすんと腰かけた。短い黒髪をばりばりかき、傷だらけの机の上のペットボトルをひったくる。 担任教師との面談のついでに来たこの部室は、いつも黙って青司を受け入れるように何も変わらずにある。 水を半分ほど飲み、青司は黙って天井を仰ぎ見た。 錆びて穴のあいたトタンの天井から、虚しい色をした青がこちらを見下ろしていたが、突然現れた雲で見えなくなった。
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