第一部

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 深紅の家は成輝の家より遠い。自宅に帰るときは来た道を戻る形になる。 何回か行ったことのある見慣れたアパートの二階。深紅の部屋の扉の前で成輝は立ち尽くした。  元気じゃなくても、どんな状態であってもいい。彼に会えればそれだけで十分だ。 恐らくただの自己暗示。自らを安心させるための言葉でしかない。  そんなことを己に言い聞かせなければならないほど張りつめている自分に気がつき成輝は自嘲した。大丈夫、深紅はちゃんといるはずだ。大きく深呼吸してから、彼はゆっくりと呼び鈴ボタンを押した。  中でピンポーンとチャイムが作動したのを聞き取り、はやる気持ちを抑えながら、成輝はその場に立ち尽くした。 こういう何もしない時間がとても長く感じられるのは恐らく成輝だけではないだろう。 そわそわと落ち着きなく、けれども焦っているのにしては存外辛抱強く、成輝は三分ほどそこで待ち続けた。  けれども中からは恐ろしいほどの静寂が返ってくるだけだ。  心臓は秒単位で脈打つ速さが加速している。 ドキドキとうるさいそこを片手で押さえながら、成輝はもう一度呼び鈴ボタンをゆっくりと押した。 再びピンポーンと鳴るのを確認し、中からの返答を待ってそこに立ち尽くす。 一分、二分‥。何も変わらぬまま時間ばかりが過ぎていく。 「‥深紅?」  中からは何の音も聞こえてこない。深紅は中にいないのだろうか。 不安になってもう一度ボタンを押そうとすると突然、中からドタドタと騒々しい音が聞こえてきた。 その音はだんだん大きくなり、こちらへ近付いてきているのがわかる。  やがて、分厚いドアがギィと音をたてて開いた。
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