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その日も朝早くから、中学校のグラウンドで一人走り込みをしている少年の姿があった。腰にはロープを結び付けたタイヤを下げ、顔中を汗と泥で汚しながら、ただ一点を見つめて走っている。
俺は、もっともっと、強くなる。
昨日行われた地元野球チームの地区大会、9回表の同点、ツーアウト三塁。必ず抑え切るのだと、目の前にいるキャッチャーのミットを見つめて放ったストレートは、見事にホームランを決められてしまった。
9回裏での逆転は叶わず、結果2点差での敗北。中学生活最後の全国大会進出は、夢のままとなったのだ。
「高嶋陽くん?」
「……、そうですけど。」
「初めまして、私は山田ひろみ。昨日の試合、見させてもらったわ。早速だけど、あなた葵山高校の野球部に入らない?」
「葵山…高校?」
この女は一体何者だ。なぜ、昨日の試合でぼろぼろの投球をした俺にこんな話をしているのだ。葵山高校といえば、野球部が何度も甲子園出場を決め、たしか優勝もしているはずの強豪校だったはずだ。そんな学校に、なぜ俺が?
「私は野球部の副顧問をしているの。毎年この時期に、色々な中学生野球チームの試合を覗いて被推薦者を探している。あなたの投球は不安定だけれど、うちでもっと鍛えれば、誰にも無い武器を持てる。」
山田は、よく考えてから結果を出して、とだけ言い残して帰って行った。グラウンドには、陽が複雑な表情で佇んでいた。遠くからは、登校してきた生徒たちの笑い声が聞こえる。
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