1水茶屋姉妹の一・お苗

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 旅人たちが橋を渡る。江戸から離れる者。江戸へ帰る者。  知る者は首を伸ばして人だかりの奥を覗き、知らぬ者は人だかりそのものに興味を示す。  橋の袂の水茶屋はいつも旅人たちの注目の的。  受け皿を拾って街道を見ると、遠くから若い飛脚が走ってくる。  その飛脚はいつも店に目もくれずに走り抜けていく。  抱える箱についた紋は江戸下町のある飛脚屋を表している。この街道を走る町飛脚は彼らが主力だ。  他の飛脚はほとんどがこの水茶屋で一息入れていくが、その若い飛脚は休まずに江戸に帰っていく。  きっと今日も真っ直ぐに街道の果てを見つめながら走り抜けていくだろうと、ぼんやりしているお苗にも分かっていた。 「つれねえなあ、お葉さん」  薬屋が重い腰を上げる。 「またお待ちしております。いってらっしゃい」  誰が言ったか天女の笑顔。 「すぐに、またすぐに来るからよ!」  薬屋は涙を浮かべ鼻をすすって出て行った。  お苗はそんなお葉を見て言った。 「おかえりなさい」  若い飛脚は仰天した。  一定の律動を保っていた走りが崩れ、一歩二歩と止まりそうになるほどに減速した。しかし歯を食いしばり強く地面を蹴って振り返りもせずにがむしゃらに走っていった。 お苗は橋を渡り宿場を抜けるその背中を見送ると、また何も無い方へ振り返った。  その先には何があるのだろう。  誰かと一緒にこの街道の果てまで歩いてみたいのかもしれない。 「お苗!また呆けてんのか!」 「ほわっ!」  また慌てて戻るお苗。そんな毎日。  いってらっしゃい おかえりなさい  旅の扉に 翼屋を
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