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翌日。日もまだ昇ってない時間帯、一人の少年が汗を散らし体術の訓練に励んでいた。その様子を木の陰から盗み見ている少女がいた。その少女はなにをするわけでもなく、ただ黙して少年の一連の動きを観察する。
だらんと身体全体を弛緩させ、相手にどう攻めるのかを悟らせない、少年と少女の家の特殊な武術の基本姿勢。そこから、少年は虚空に拳を繰り出す。予備動作のない急な動き。少なからず相手の動揺を誘うだろう。
少年は繰り出した拳を引き、それから逆の腕のひじ打ちをする。そこからさらに大きく踏み込み、掌底で相手のあごを打ち抜く動きを見せる。
少年の連撃はなおも続く。その一連の流れは、いっそ芸術品のように美しい。長年何度も何度も繰り返し鍛錬を積み重ねたことがうかがえる。うかがえて、しまう。
だが、致命的な点が一つある。それは、少年の動きが、あまりにも遅すぎることだ。
もともと、少年の武術の型は、人間が単体で人外と戦うのに必須である霊術が前提としてある。その霊術の才がまるでない、生身の攻撃では、何の意味もなさない。せいぜい人に見せる演舞が関の山だ。
それでも少年は、霊術の才がないことが判明したあの時から、愚直にも鍛錬を続けていた。いや、むしろ鍛錬の量は当時の倍以上と言って差し支えないだろう。少女の鍛錬量と比べたら数倍に及ぶに違いない。
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