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目を閉じるとどこかでセミの合唱が聞こえる。
去年の夏は季節を感じる心の余裕さえなかった。
生まれて初めての失恋。あんなに近くにいた彼が一瞬にして遠ざかってしまって、なんとか地面の上に立つのが やっとだった。
あれから1年。
様々な問題を乗り越えて、ようやく本当の恋人同士になれた。
「指輪なんかなくても、正悟さえ隣にいてくれれば何もいらないなぁ」
誰に聞かせるでもなく呟いたはずの独白だったが、明美は食いついてきた。
「うそうそ、そのうち物足りなくなるよ。あーしてくれない、こーしてくれないって」
「……ならないもん」
「へー。次に悩み事を聞く時が楽しみだわ」
明美がぬるくなったペットボトルのお茶をバッグから取り出して笑った。
「……あ、悩み事ならあるよ」
突然真剣な表情を浮かべると、明美はこちらを見やりながら開けかけたキャップの手を止める。
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