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雪が一面に積もり、夜なのに紫色にあたりは明るい。空は藍色をしてすっきりと晴れている。
私は部屋着のまま外へ飛び出てしまったのだ。
素足に履いたブーツはジッパー部分から雪を吸っているし、スエットの上に一枚だけ羽織った灰色の薄いパーカーは冷気をはらむ。
けれど私はあつかった。
動けずに立ち尽くし、私はこの光景を私だけのものにするために飲みつくす勢いで見つめる。
飲みこんでしまいたいほど美しいのだ。
ぽつりと脇に立っている水銀ランプの街灯は風で舞う雪の残像をざらざらと残すように見せつけてきた。
私はもっとこの光景が欲しくなった。
一面紫色の冷気を全て、私だけのものにしたくて。
足跡は私がもと来た所にしかついておらず、ああ、なんて素晴らしい。
私だけの世界。
歓喜に身体がぶるりと震える。
スエットのズボンのポケットに潜む携帯電話がぶうん、と唸る。彼も私だけのものになった素晴らしいものだ。だが、私は彼の唸り声に全く気がつかなかった。
この世界に点在するものは私と、私の遺したもののみで、まもなくこの世界は私だけのものになる。
ああ、まだなの。
身体を包む冷気すら心地いい。私はまた空を見上げた。空には追い払われたオリオンがおり、その周りを神の遺したものが点在する。
私はため息をついた。空は昼夜問わず神のものなのだ。私は空の持ち主が憎い。こんなに美しく大きなものを一人占めしているのだ。
晴れた空も曇った空も雨の空も、もちろん雪の空も。
だからせめて私はあの空が照らす地上の一部だけでも自分だけのものにしたくてたまらなかった。
晴れた夜空が、どこかの曇から風で雪をさらって私のもとに降らせた。
その瞬間、私は息を止めた。
無音の世界に響くのは、私の人差し指がその映像を切りとる音と、早鐘を打つ私の胸の鼓動だけだ。
カシャカシャ。
何百枚撮ろうとも飽きなかった。まもなくデータの容量が限界を迎え、バインダーから私はやっと目を上げた。
永遠の時をバインダー越しに過ごしていた気がする。
けれど、裸の目でもう一度見たこの世界はすでに私だけのものではなくなってしまったように思えた。
その証拠に、太った三毛猫が一匹目の前を横切ってどこかに消えた。
私は目をかたく閉じた。
そして、欲のままに見つめていた世界を目の前から一掃してしまった。
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