牛肉、襲来

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「はーい」母の声が聞こえる。  どうやら来客のようだけど、今日は友達が来る予定もないし、自分には関係ないだろう。そう思って彼は、二度目の眠りに就くため目を閉じた。 冷え切った廊下を歩き、来客を出迎えたのは、何かを待っていた長老でも、返事をした女性でもなかった。 「どちら様ですか」 「佐賀和牛便の者ですが、鋤さん宛に小包です」 「はいはい、今開けますからね」 玄関の扉を開けたのは、この家の婆さんらしき人だった。 「こちらに判を頂けますか」宅配の若者が荷物の受け取りを促した。 「ちょっと待っててね」婆さんは、判子を取りに、元来た廊下を戻っていった。 しばらくして廊下から現れたのは、先ほどの婆さんではなかった。 「お若いの、その小包、送り主は誰だい」色黒の体格の良い爺さんが、若者に尋ねた。 「ええと、三重県の八木様からですね」 「そうか、届いたか」爺さんは何か悟ったように深く頷くと、若者に近づき、「ご苦労だった」と労をねぎらい、手を握った。 「あの、判子はまだでしょうか」 若者が、心配そうに尋ねるや、先ほどの婆さんがやって来た。 「おじいさん、小包どなたからですか」 「三重の邦夫からだ、受け取っておいてくれ」 「はいはい」 「それじゃあ、ここにお願いします」 「寒いなかご苦労様」 そう言って婆さんは判を押し、荷物を受け取った。 受け取った荷物を持って、婆さんが居間に入って行くと、爺さんが腕を組んで、座っていた。 「おじいさん、邦夫さんからの贈り物、なんなのか知ってるの」婆さんが尋ねる。 「ああ」 「わたしも知ってるよ」 「あら、白来、居たの」よく見ると、爺さんの影に隠れて、この家の孫娘の白来(しらき)が座っていた。 「それで、これの中身はなんなの?」 「わしはこれが来るのを待ち望んでいた、君も薄々気付いているはずだ」婆さんの質問に爺さんが答える。 「まさか」 「そうだ、三重県が産んだ至高の牛肉、松阪牛だよ」 鋤家の、ご馳走を巡る戦いが始まろうとしていた。
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