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「でも、ホントにビックリした」
ざわめきが空間を満たす食堂の隅で、パンを手にした秋那が漏らした。
「まさか学校でキスすることになるなんてさ。漫画みたい」
あまりに平然と口にするものだから、つい左右を見渡してしまう。勿論、俺たちの会話に聞き耳を立てているやつはいない。
「もう、いいだろ」
憮然とした態度をとってしまうのは、俺が秋那の唇を求めた理由があまりに情けないものだからだ。
(まさか、恋人っていう実感が湧かないから、なんて言えないよな)
けれど、さっきの行為を介して、ネガティブな考えは消し飛んでしまった。杞憂になった今となっては、秋那を信じられなかった自分に嫌気が差すが、それ以上に胸を撫で下ろしたい気持ちが俺の中を占拠している。
「ね、今日さ、放課後空いてるかな?」
「ああ、空いてるぞ」
間髪いれずに答えたというのに、食べ終えたパンの袋をクシャクシャにしたきり、さっきまで俺が触れていた唇を尖らせて口を開かない。頭の中で、次の言葉を口にするべきかどうかを逡巡しているのは、容易に想像がつく。
「今日さ、私の家に来てよ」
大きな、くりっとした目が俺を射抜く。期待と、小さな懇願が入り交じった茶色い瞳だった。
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