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「でも、秋那の言う通りね」
高校の話や、俺のちいさなときの話、俺がなぜコスモスを秋那に渡したのか。そんなとりとめのない話をひとしきり終えて、渚さんが最後に口に手を当てて控えめに笑った後、おもむろにそう口にした。
「私、何か言ったっけ?」
俺が口を開くより先に、渚さんとの間に座った秋那が足をパタパタさせながら訊ねる。まるでよそ行きのように洒落た短めのキュロットスカートが今にもはためきそうで、さっと目をそらした。
「貴方、いつか言ったじゃない。レイ君は私の運命の人だって」
「う、運命、ですか?」
まさかこのタイミングでそんな言葉が聞けるとは思わなかった。頭の中で持て余しているその単語に、秋那が過剰に反応した。
「ちょっと! お母さん!?」
立ち上がりそうな勢いで、秋那がバッと身を乗りだして渚さんに顔を向けたせいで、隣にいる俺にポニーテールのビンタが命中するところだった。小刻みに震える肩が、そのまま狼狽を語っていた。
「いいじゃない別に。素敵なことなんだから」
「もう! そういう問題じゃないの! レイも、今の話は忘れて」
今度はこっちにバッと振り返る。渚さんは俺と同じように襲いかかってきたビンタをそっと手でいなしていた。
「わ、わかったよ」
正直なところ、忘れたくたって忘れられるような話じゃないのだが、勿論それは口にしない。
秋那が、渚さんに俺のことを例の言葉で表現している光景を想像しただけで、何だか心のどこかに花火が上がったような感覚に襲われた。
ソファーの上に身体を落ち着かせてられなくなるくらいに、見えないどこかが暴れだす。それを宥めるのに、俺はよりいっそうの神経を使ったのだった。
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