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「結局、飾磨のことも千メートル走も、樋渡に負けたんだよ」
そんなことはないと反論しようとしたが、福本がそう思うのならば、俺が何か言ったところで覆るものではないと思った。
「って、そんなこと言いに来たわけじゃないんだよ。こないだは、ホント悪かったな」
そっけなく残して、福本は行ってしまった。入れ違いに、秋那が教室から顔を出した。
「終わった? 今の、福本君だよね」
「どこから聞いてたんだ?」
秋那の問いかけに直接答えない。
「よく聞こえなかったけど、私の話してたんだよね?」
福本曰くそれが本題ではないらしいが、ここは肯定しておいた。
「お前ってさ、こっちに来てから今までに告白とかされたか?」
食堂へ歩いて向かう最中に、気になったことを訊ねてみる。これまでは自発的に訊こうとは思わなかったが、今になってーーおそらく、福本の話を聞いてーーようやく、潜んでいた好奇心がうずき出す。
「んー、それっぽいのは何度かあったかな。二人で遊びに行こうって言われたこともあったし」
「それで、遊びに行ったのか?」
「ううん。断った。だって、その人はきっと私のことが好きで、だから誘ってくるんだよ? 私はその人のことを気にかけてないのに、生返事でオッケーしたら、きっと誤解されちゃう」
足だけは、モノレールの無人運行のように淡々と食堂へと向かう中、秋那の頭にはこれまでに自分を想ってくれた野郎の顔が靄のかかったような曖昧さで浮かんでいるのだろう。
ふと、俺ももしかしたらその中に加わる可能性だってあったのだと考えてしまい、少し……怖くなった。
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