カサブランカ・レクイエム

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今日もまた、ここへ来てしまった。彼女の大好きだったカサブランカを両手に抱えて。 あの日から、ちょうど一年。この町並みは何ひとつかわらない… そう、ただひとつを除いて。 あの日、いつものように仕事の話をしながらこの町並みを歩いていた。 「女だからって、バカにしてんじゃないわよ!私だってね~」 普段の性格に酒の勢いを乗せて何とも気持ち良さそうに語り合う。 「ぜったい夢を叶えるわ」 最後にそう言い切った。 今にして思えば、やけに遠い目をしていたように思う。曇りひとつない、澄んだきれいな瞳だった。 僕は、そんな彼女のキラキラした瞳が好きだった。僕にないもの全てを持った彼女が。 たまたま同じ部署に配属された同僚だったが、話が合い時々こうして酒を呑んだ。 彼女の飲み方は半端じゃなく、社内では誰も勝てる人はいない。酒の肴になるのは、大抵仕事のこと。で、僕は聞き役。けれど、このひとときがとても好きだった。 カクテル・パーティー効果で、どんなにざわついた空間でも、そこは彼女と僕の世界になった。 そして、あの日いつもの交差点。 「じゃあね、今日は飲みすぎたわ~」 と手を振る君に、いつものことだけどね、と心の中で呟きながら手を振り返した。 次の瞬間、まるでスローモーションをみているようだった。 青信号の横断歩道、彼女目掛けて突進してくる一台の4tトラック。 白いワンピースが鮮やかに宙を舞う。さながら一匹の蝶のように。
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