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サトリの背中越しから。
「ちょっと!何やってるんですか!!!」
明らかに怒りを含んだ男の声。
『ギャラリーこいつ一人だけじゃなかったのかよ…』
計画が破綻させられそうな予感を覚えながら、足を下ろして振り返ったサトリの前に、
ありがちな刑事ドラマのお約束パターン宜しく、犯人が自殺する寸前で現れて立ち塞がった体の二人の男の顔は。
今度こそサトリには見覚えがあった。
「――駄目ですよ小野さん!俺にトップニュースで貴方の名前読ませないで!」
右側の爽やかなグレーのスーツ姿の男。
何処で見たのかと、記憶を辿ると。
昨日見た音楽バラエティ。
見慣れたスーツ姿の司会者。
出演者に弄られて困ると、眉毛の両端を下げて、棄てられた仔犬の様な表情になる。
目の前の男は今まさにその顔をしていた。
「あ――日のまるテレビの飛鳥井アナ!?」
有名人を初めて近くで見た興奮をまさか死ぬ間際に体験できるとは思わなかったサトリは。
『最後の運を使ってるのかな』
何故自分の名前を知っているのかという疑問は、完全にスルーした。
焦る飛鳥井アナの左隣。
ヒートアップする飛鳥井とは対照的に、明らかに付き合わされて、面倒臭そうに斜に構えて立っていた男は。
目深に被っていた紫の中折れ帽を指先で脱いで、ウエーブのかかった黒髪を掻き揚げて被りなおしながら。
「――颯君言い過ぎ。コイツならフラッシュニュースで数秒間がせいぜいだろ?トップニュースは言い過ぎ」
『言い過ぎ強調して失礼過ぎんだろ。お前――っていうか…』
出す曲全てトリプルプラチナのセールス。『黒天使の歌声』のコノイトルンが、
こんな、かろうじて23区だと主張している、東京の端にある賃貸マンションの屋上に立っているのは、何かの間違いだ。
アルバム全部持ってるからサイン下さい、と喉まで出かかった言葉をサトリは辛うじて呑みこむ。
『何だコレ…』
リアルすぎる夢を見ているのではないかと、とうとう己の精神状態を疑い始めた。
「――大丈夫、夢じゃないよ」
あれはホンモノの、飛鳥井颯とコノイトルンだよ。
「――?」
心を読んだのではないかと思う程タイミングよく投げかけられた言葉に、サトリが振り返れば。
柵の外に放って置かれたままだった華奢な美青年が立ち上る。
一歩下がれば、足場は無い。
サトリが代わりに恐怖を覚えた。
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