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その日の午後。
個人宅の一室を改造した小さなスタジオに着いた二人に。
「オハヨウございますコノイトさん。――あ。何か今日撮りもするんですか?」
サトリがカメラを抱えていたから、取材だと思ったのだろう。
コンニチワ。と挨拶されて、サトリも返すけれど。ルンはサトリを示しながら。
「ゴメン。違うんだ、コノ人は俺のプライベートの友人。写真家でさ」
いい写真取れれば、歌詞カードの素材にでもできるだろ?
「珍しいですね。コノイトさんが個人的に人連れてくるの初めてじゃないですか?」
でもまあ、そういう事ならいいですよ?と許可を得て。
「――よかったな。じゃ。俺も含めて。好きに撮って構わないから。その代わり。アイツには横流しするなよ?」
「あ…ありがとう。約束する。じゃあ。ブースの中、撮ってもいいか?」
早速サトリはガラスの向こう側。シグマを両手にして、被写体をファインダーで切り取り始めた。
「――音チェックって出来るの?」
「コノイトさんに今貰ってる曲はもう全部できますよ」
「そっか。まだ俺最後の曲時間掛かるからさ」
コンコン、とガラスを叩いての向こうのサトリに呼びかけて、ヘッドホンをするように指示して、
「――小野サン。何か一曲歌ってみないか?」
歌うのが好きだ、と言っていたから。きっと乗るだろうとルンが思ったら。
ブースの中のガラス越しのサトリは、譜面台の歌詞ノートを捲りながら、マイクで話しかけてきた。
「じゃあ…『tender』歌っても。いい?」
俺この曲、凄く好きだから。
「――カラオケじゃないんですよ」
どうして素人相手に俺がこんなこと…。
サトリに聞こえないことを良い事に、遠慮なく不満を口にする録音スタッフの肩を揉みながら。
「俺の代わりだと思ってさ。お願いします」
今日のコノイトさん、変ですよ。と渋々承知しながら、
「はい、じゃあ、テスト行きまーす」
適当に歌ってくださーい、と投げやりにマイクに話しかけるスタッフに謝って。
ルンは最後の1曲の構想を形にすべく、脚を組んでギターを抱えながら、コードを追い始めた。
「――違うなぁ…」
音が硬いか…とピックを置いて指弾きに変える。
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