序章。

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だが、オレ達にはそんな事はどうでも良かった。オレ達に残ったのは――ただ、悲しみだけだった。 親父が死んだ、親父に会えないと言った、悲しみだけ。 うちは共働きだし、母さんの収入も少なくはない。これから生活面で少なからず、苦労する事はないだろう。 だけど、足りないのだ。 今までいた、今までリビングで飲んだくれていた親父が――足りなくなるのだ。 あんな親父でももう会えないと思うと、自然とオレの目から、蛇口を捻ったように大粒の涙が零れ出て、鳴咽が止まらなくなった。 不思議なもんだな。棺の中で見た親父は、唇は紫になり、まるでよく出来た人形の様にそこに横たわっていた。 生と死。 これは、既にオレ達の知っている親父ではなかった。その光景を見て、子供ながらに、『親父が死んだ』と言う事をしっかりと理解した。 母さんは、泣きながらこう言った。『良助、美月。お父さんはね、自らの「正義」を貫いて死んでいったのよ』と。 その後、親父と母さんの同僚や、友人、そして親戚達で葬儀は行われた。親父は、家ではダメダメだったが、仕事はきっちりとこなしていたらしく、職場の人は、親父の不幸を悲しんでいた。 『立派なお方でした……、この度はご愁傷様です』 何回オレは葬式でこの言葉を聞いただろう。聞くたびに口を曲げていた。当時十歳だったオレには、親父が立派だったとは到底思えなかったからだ。 結局――親父は、母さんを泣かせたからだ。 立派だった? ふざけんな。自分の嫁を泣かせといて何が立派だ。なにが正義だ。笑わせるなよ。 いつでも、大切なたった一人の女の為だったら、ヒーローになれると、親父、あんたは言ったじゃねえか……! なんで母さんが今悲しんで泣いてるんだ。あんたは、約束を守れてないじゃねえか。 嘘つきだ。 嘘つき嘘つき嘘つきだ! だから、決めたのだ。 オレは、絶対に、親父みたいにはならないと。全力で、親父とは違う、オレなりの『正義』って奴を貫き通すと。 隣で泣き崩れる母さんを見て、オレは固く誓った。そして……オレ、義若良助は今に至る。
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