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「あの曲入ってるよ。
ほら、最近よく聞いてる新曲だ」
二次会のカラオケで女の子が開いている曲リストを覗き込みながら<彼>が言う。
誰かの歌に僕が手拍子している間にも、誰がなにを選曲してどんな歌手を中心にリストを見ていたかを教えてくれる。
お陰でスムーズにマイクやリモコンを誘導することができた。
誰かがシャウトしてもスピーカーがハウリングを起こしても僕には<彼>の声が鮮明に聞こえ、<彼>の方も口に出さない僕の意思を読み取り、けして間違うことない。
僕と<彼>との関係は聴覚を頼りにしていない。
「ケンちゃんは相変わらずバラードを歌う時の手の位置が気持ち悪いな。
ひとつ君の方から注意してあげたらどうだい」
(気持ちよく歌ってるんだからいいじゃない)
<彼>の口調があまりにうんざりしていたものだから、ついにやついてしまう。
幸い場の視線は身をよじって陶酔するケンちゃんに集中していたので慌てて顔を隠す必要もなかったようだ。
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