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『今日はどうだった?
アドレス交換してたみたいだけど、いつものか』
「うん。
いつもの、空気優先」
カラオケが終わって解散になり、帰り道をひとり歩いていると携帯電話にケンちゃんから着信が入った。
僕の恋のお相手捜しが空振りだったことを告げるとケンちゃんはひどく落胆した声を出した。
『そっか……マキちゃんとか、結構合うんじゃないかと思ったんだけどな』
「ケンちゃんは髪の長い子に夢中だったじゃない」
『全力で好き好きアピールするのが俺の攻略法だって。
お前もやってみろよ』
「それで、うまくいったの」
『おう。これからふたりで飲み直し。
今夜はブレーキはひかねえぜ』
「明日のバイト遅れないようにね」
笑い声のあと、挨拶を交わして通話を切る。
気持ちを素直に表すところはケンちゃんの良いところだ。
一方僕は幼馴染のケンちゃんにすら隠し事をしてしまっている。
もちろん<彼>のことだ。
僕が異性に積極的になれないのは<彼>よりも近しい存在が果たしてあり得るかということに対して僕自身懐疑的だからのようにも思う。
「僕が素直になれない原因を作っているっていう自覚はあるのかな」
<彼>の姿を探して振り返る。
暗い路地には誰の影もなかった。
幻さえも。
現れる時も急な<彼>だが、姿を消す時も急だ。
子供の頃は僕がひとりで遊んでいる時にだけ彼は現れた。
それが今ではほとんど一日中一緒にいるようになっているのは多分僕がそう望んでいるからだろう。
それでもこうして時々消えことがある。
不満はあるが、本来はいないことよりもいることの方が不自然なのだ。
思春期になる頃にはいい加減に<彼>が特異な存在であることを認識した僕は悩み、調べ、どうにか否定しようとしたものの<彼>ははっきりと存在し続けた。
その頃の奮闘の収穫は調べるうちに見た映画で<彼>と同じ立場のキャラクターから<彼>の名前が決まったことくらいだった。
「なあボーガス、お前は一体なんなんだ」
永遠に答えは出ないとしても、最も近しい友達について僕は考えることをやめなかった。
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