マキちゃん

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ぴんと来たので右手をカウンターに隠し客からは見えない位置で携帯電話を操作した。トイレにこもっている同僚に出てくるよう促す。この店は面積が少ないせいで従業員用のトイレがない。客の不審な動きはトイレが空くのを待っているそわそわに見えた。 同僚の山根君がトイレから出てきた。腹部を押さえ、中腰でレジの方へやってくる。大丈夫かと声をかけるとゆっくり頷いてバックヤードに消えていった。ただでさえ病弱そうな顔が蒼白になっている。 ところが女性客は空いたトイレに入らず相変わらず落ち着きのない動きを続けていた。レジには近寄らず、時々ちらちらとこちらを見てくる。万引き、とは考えにくくとも少し緊張した。 「僕も起きてほしいね、ミラクル」 まだ女性誌の棚を眺めているボーガスが独り言のようにこぼした。ケンちゃんのメールに対したコメントだろうが、意味もタイミングもわからない。 急に女性客がレジへ、僕の方へやって来た。商品を持っていないのでなにか注文するだろうと待った少しの間のあと、気まずくなった僕が「いらっしゃいませ」と言うまでの間僕らは見つめ合った。妙に熱心な目に作り笑いが消えそうになる。 「どうかなさいましたか?」 「あの、私のこと憶えてませんか」 言われ、記憶を巡る。メガネの奥の細い垂れ目。唇は薄く全体的に愛嬌のある顔をしている。化粧はしていないようだ。 記憶の中で同じ顔を捜した。彼女はこの店にはあまりいない<普段来ない客>だが、女性客は出勤前と休日の昼食の買い出しでは印象がまるで違うので判断しにくい。 どれだけ思い出そうとしても記憶の中に彼女は見つからなかった。助けを求めてボーガスを見る。彼はやれやれ、という風に長く息を吐いてから言った。 「昨日の飲み会にいたじゃないか。あの時とはだいぶ印象が違うけどね。あの時は髪をアップにしていて、アイラインもすごく濃かった」 僕はボーガスの意見を聞いてからさも今思い出したように手を打った。 「昨日とは髪型が違うね」 本当はまだ思い出していない。営業用とは別の親しみを込めた笑顔を浮かべながら、必死に昨日のメンバーを思い浮かべる僕の前で彼女は安堵した様子で嬉しそうに顔を輝かせた。
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