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初めから負けることは分かっていた。
相手は若くして騎士の叙勲を受けたエリート。
男はといえば、只の彫刻家。闘いの場に立ったことも、剣を握ったこともない。
いくら姫の伴侶になるためとはいえ、無茶以外の何物でもなかった。
だが男は敢えて賭けに出た。勝てずとも、闘いのあと命があればよい。
姫が愛しているのは彼なのだ。一矢報いることさえできれば……。
「お願いよ。ずっとそばに居て……」
閨の中で姫が耳元で囁いた言葉を男はずっと覚えていた。それだけが希望だった。
ああ……、だが現実は甘くない。
自身の胸に突き刺さった剣を見やり、男は姫に視線を移す。
視界はぼやけていたが、駆け寄る姫に男は小さく自嘲の笑みを向けた。
「……ごめん……、負けた……よ」
「ええ、ありがとう。これで私は女王になれるわ」
そう言った姫の顔は悪魔の微笑み。
強国に挟まれたがゆえに、女王の美貌も魅力も武器だ。
その覚悟を試す標的に男は選ばれた……。
男の仕事場の創りかけの姫の彫像には顔だけが彫られていなかった。
彫像の顔には、対象の心が宿る。
姫の本心を見抜けなかった男に完成させうる彫像ではなかった……。
男は姫にも、負けた……。
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