駈込み訴え

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  はい、はい。落ちついて申し上げます。あの人を、生かして置いてはなりません。世の中の仇です。 はい、何もかも、すっかり、全部、申し上げます。私は、あの人の居所を知っています。すぐに御案内申します。ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい。 あの人は、私の師です。主です。けれども私と同じ年です。三十四であります。私は、あの人よりたった二月おそく生れただけなのです。たいした違いが無い筈だ。 人と人との間に、そんなにひどい差別は無い筈だ。それなのに私はきょう迄(まで)あの人に、どれほど意地悪くこき使われて来たことか。どんなに嘲弄されて来たことか。 ああ、もう、いやだ。堪えられるところ迄は、堪えて来たのだ。怒る時に怒らなければ、人間の甲斐がありません。 私は今まであの人を、どんなにこっそり庇ってあげたか。誰も、ご存じ無いのです。あの人ご自身だって、それに気がついていないのだ。 いや、あの人は知っているのだ。ちゃんと知っています。知っているからこそ、尚更あの人は私を意地悪く軽蔑するのだ。 あの人は傲慢だ。私から大きに世話を受けているので、それがご自身に口惜(くや)しいのだ。 あの人は、阿呆なくらいに自惚(うぬぼ)れ屋だ。 私などから世話を受けている、ということを、何かご自身の、ひどい引目ででもあるかのように思い込んでいなさるのです。 あの人は、なんでもご自身で出来るかのように、ひとから見られたくてたまらないのだ。
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