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この場にいるのが真里ちゃんだけなら、間違いなく告白していた。
今なら好きだと言えるような気がした。
しかし現実は、ふたりきりじゃない。
隣にはニヤニヤ笑う父親がいる。
「お?なんかイイ感じじゃねえか!!このままキスだ。キスしちまえ!!」
……息子にキスを煽る親がどこにいる。
「もう!!悪ノリはやめて、早く仕事に戻りなよ!!」
「へへいへーい。仕方ねえから今日も家族のために働いてきますよーっだ!!」
僕をからかうのに飽きたのか、お尻をボリボリ掻きながら父さんが背を向けて歩き出した。
すらりと長身で細身なせいか、大きくない父さんの背中。
だけど僕にはそれがとても広く、大きく思えた。
ふざけたことばかり言っていつも僕をからかってバカにするけど、
仕事熱心で真っ直ぐで、母さんと僕を大切にしてくれる優しい父さん。
大好きな、父さん。
「いつも、ありがとう」
背中に投げた言葉に、父さんがどんな顔をしていたかはわからない。
ただひとつ、これだけは言える。
僕を振り返ることなく天に突き上げた父さんの拳に、
油性マジックで生姜焼きと書かれていたことが、
何よりも記憶に残った。
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