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大変なものを見てしまった。
いや、見えてはいない。
正確には聞いてしまった。
飛び出すつもりでいたのに、目の前……耳の前と言うべきか、に突き付けられた現実に戸惑い過ぎて、僕は動けなくなっていた。
ここから飛び出したとして、僕は一体何を言えばいい。
「見ーちゃった」と、おどけてみせる。
ダメだ、ダメだ。
そんなことをしたらただの冷やかしだ。
「このことを黙っていて欲しかったら、金を持ってこい」って、これは脅しだ。
僕は犯罪者にはなりたくない。
僕はただ田中くんに、真里ちゃんが傷つくことはするな!と言いたいだけなんだ。
『笹山先生、笹山先生。至急職員室にお戻りください』
その時、スピーカーから笹山先生を呼ぶ事務員さんの声が響いた。
「チッ。いいところなのに」
あの田中くんの口から、こんな台詞が出るなんて夢にも思わなかった。
「仕方ないわね。また後でのお楽しみってことにしましょう」
笹山先生からは、まあ、想像できる台詞かな。
とにかくエロいから。
「いったん職員室に行ってくるわ。そうね、30分後にもう一度ここで会いましょう」
「ああ、わかったよ。俺も一度教室に戻るよ。ここにいても先生を想うだけだしな」
……クサイ台詞をぬけぬけと言う田中くん。
そのあといったん生徒会室がしんと静まり返った。
たぶん、キスをしていたんだと思う。
若干長めだったから、ちょっぴり舌を使ったディープなやつだったんじゃないかな。
ちくしょー。
僕はディープどころかフレンチキスさえしたことがないというのに。
田中くんは真里ちゃんとキスをしたことがあるんだろうか。
笹山先生と合わせた唇を、真里ちゃんとも重ねている……。
ああ。
やっぱり腹がたつ。
そんなの最低だ。
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