きっかけ

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 次の日、楓は遠藤に数時間休みをもらい、警察署へ向かった。  事情は話してある。 「…お忙しい中、すみません」 「あー、別にいいって」  出かける前に頭を下げると、遠藤は気にするなとばかりに笑って見せる。 「いつもお前に病院を任せっきりだしな、それに大学の講義もない。たまには俺がここにいないと、遠藤動物病院じゃなくて山吹動物病院になっちまうよ」  と、豪快に笑う遠藤に笑みを返し、車に乗り込む。  楓が走り去っていくのを手を振って見送ると、院内に入りぐるりと見回す。  彼は本当によくやってくれている。患者への対応といい、整理整頓といい。  彼は今まで遠藤が見てきた学生とは違っていた。  真っ直ぐで正直で素直で、そして純粋な人間だ。  印象的だったのは、解剖実習での彼の姿。正確には実習後の姿だろうか。  人知れず涙を流している後ろ姿に、心臓が跳ねた。こんな反応をする学生を彼は見たことが無かった。  だからだろうか、いつまでも面倒をみてやりたいと思う。自分の代わりにここに居続けて欲しいと思う。 (…そんな我が儘は通らないだろうがな……)  彼の選択は彼のものだ、ただの教授でしかない自分が口を出す訳にはいかない。  彼は獣医という業界に確変をもたらすために必要なのだ。 (…俺は、楓に)  そこまで思考を巡らせたところで、病院のドアが開く音に意識を現実に戻す。 「先生ー、こんにちはー…アレ?」  若い男が院内を見回して首を傾げる。その声に遠藤が顔を出すと、若い男はあからさまに残念そうな顔をする。 「…楓なら野暮用でいないぞ。……ていうか、俺を見て嫌そうな顔をするな、松田」  松田、と呼ばれた若い男は年相応にむくれて見せる。まだ、十代後半という辺りだろう。 「…せっかく先生にローディの抜糸頼もうと思ったのにー」  キャリーケース内の仔犬を見詰めながらいう。  遠藤は軽く溜め息をついた。ここに来る患者の飼い主は、大半が楓目当てということもある。 「あとー、若だとちょっと信用ならないんだよねー」  なぁ、ローディ? と小首を傾げる松田に、遠藤は今度こそ大きく溜め息をついた。
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