きっかけ

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 今日は慌ただしい日になってしまった。  遠藤が大学にいる時に限って、急患である。しかも楓が診た限りでは、手術が必要かもしれない。  遠藤に概要を伝えると、彼はすぐ大学病院に連れてこいという。  楓は患者と飼い主を車に乗せると、遠藤のいる大学へと急ぐ。  事は急を要していた。  しかし、悪い事は重なるというもの、よりによって警察官と鉢合わせ、スピード違反で車を止められてしまった。 「すいませんが、免許を見せていただけませんか?」 「…こっちは急を要する事態なんだ、さっさとしてくれないか」  免許を見せながら、楓はイライラしながら言う。相手の警察官はまだ若く、新人だろうか、手際が悪い。 「山吹楓さん、ここの道路50km制限なんで」 「そんな事は知っている。こちらは急患を大学病院まで搬送しなきゃならないんだ! この時間が命取りになるんだぞ!!」 「そんな大袈裟な。急患って、もしかしてその犬ですか」 「急患で手術が必要なんだ」 「だからといって、スピード違反をしていいことにはなりませんよ」  警察官はとくに興味は無いと言いたげに、今度は書類のようなものを出している。その態度に、楓の怒りは頂点に達していた。 「……ふざけるなよ。人間が運ばれるときは違反の全てが許されるくせに! 同じ命で、同じ家族がいて、何も違いは無いのに! 点数稼ぎも大概にしろよ」 「…お前、警察官に向かってなんて物言いを」  しかしその言葉を遮り、警察官に叩きつけるように金を押し付ける。 「金、釣りはいらない。後はさっさと後始末なんなりやれ。気にいらないっていうなら後で公務執行妨害で逮捕しに来たらいい。…だが、今は命を預かる身だ。万が一の事態になったら、お前も俺も何も出来やしない」 「……そうは言っても」 「黙れ、失った命は金じゃ買い戻せない」  それだけ言うと、車に乗り込み走り去ってしまった。  車内では、患者の飼い主が心配そうに言う。 「……あんな、警察官に悪態ついてしまって、大丈夫なんですか?」 「自分の身より、その子の手術が先決です。遠藤教授がいるから、何も心配ありませんよ」  楓は一層、アクセルを踏み込んだ。
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