背中

2/11
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
「おはよう、まどか」    彼女は、ローズマリーの様に可愛い笑顔で私に挨拶をする。  対する私は、向日葵にも負けない笑みを浮かべて「おはよう、みいな」と返した。    こうして面と向かって話すなら、何の問題も無い。  私と彼女は気が置けない仲だし、席も隣同士だから彼女の背中を見ずに済む。    もしも私が彼女の後ろの席だったなら、私は始業式の日に先生へ直訴していただろう。 『目が悪いからもっと前にしてくれ』と言って訴えたかも知れない。  本当に視力が低いという訳ではないけれど、そんな嘘をついてでも、私は彼女の背中を見てはいけないのだ。    彼女の背中が――余りにも、扇情的過ぎるから。   「どうしたの、まどか。一限目は化学――移動教室だよ?」    物思いに耽っていた私を現実へ呼び覚ましたのは、彼女の声だった。 『後ろ千両前一文』ということわざがあるが、彼女の場合は『前千両後ろ万両』なのだ。  彼女は後ろ姿の色っぽさもさる事ながら、その顔立ちは同性の人でも思わず振り向いてしまうくらいに端正である。    ――こう言っては何だが、今まで彼女が誰にも痴漢や暴行をされていないと言う事実は、ありえない確率の偶然だと思う。クラスメイトも含めて、世の男性は全員目が節穴なのだろうか?  もし私が男であったならば、目が合った瞬間――いや、彼女の背中を見た瞬間に飛びかかり、力に物を言わせて、つま先から髪の毛の一本に到るまで、彼女という彼女を全て征服しているのに。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!