背中

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(あ、あぁ、……みいな、みいな……!)     私は喉を鳴らした。    そして堪えきれず、彼女の肩へ向けて手を伸ばしたところで――。   「――――!」    ふと我に返り、ぶんぶんと頭を振る。  俯いて固く目を閉じ、不埒な思考を奥底へ封じ込める様に拳を握り締め、下唇を強く噛んだ。   (駄目だ、駄目だ、駄目だ。  彼女は私の大切な友達なんだ。そんな事、出来る訳がない)   「あ、あった」    と、そこで彼女は目的の物を見つけたらしい。  机から化学の教科書を取り出すと、振り返って私に見せた。   「ごめんね、まどか。授業を受けるのに教科書を持っていかないなんて、抜けているにも程があるよね」 「しっかり者のみいなにしては珍しいわね。私が声をかけなかったら、恥ずかしい思いをしていたわよ」 「だから私は、まどかの事が好きなのよ」 「…………」    私の言葉をごまかすような返答は、ちょっとした私への意趣返しだろう。  そう分かってはいるものの――頬が熱くなるのを感じた私は、思わず彼女に背を向けてしまった。   (あれ? 何だろう、この気持ち)    彼女だって、私と同じ意味で言ったに違いないけど……『友達として好き』という意味で言ったに違いないのだけれど。  ――その言葉を言われた瞬間、私の胸の奥深い部分を、優しくノックされた様な感覚があったのだ。   「まど、か。……口、から――血、出てるよ……?」    彼女は、途切れ途切れの口調で私に言った。  言われてみれば、私の唇から血が滴っている。床に血が数滴垂れていて、ブラウスの胸元も赤く染まっていた。    先程唇を噛んだ時に出たのだろう。  私は顔を上げて、「これくらい大丈夫」と言いながら彼女の方へ向き直ったが。   「――え?」    彼女の顔が、目と鼻の先にあった。 「ち、ちょっと――みいな!?」    吐息の熱も感じられる距離。    丸くて大きな瞳。  二重瞼が綺麗。    木目の細かい肌は、染みの一つも無い。  思わず手に取って眺めてみたくなるような綺麗さだ。    ……化粧をしている訳ではない。  彼女は素肌が綺麗だから、何も飾らなくていいのだ。    そんな、名画にも優る美麗を備えた彼女の顔が、更に近くなって――。   「ぺろ」 「……っ!?」    子犬の様に、彼女は私の唇を舐めた。
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