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「それじゃ、遅刻しない内に行こう?」
予鈴は既に鳴っている。一限目が始まるまで、後五分もない。
私は彼女の、教科書を抱えていない方の手を引くと、再び教室の出口目指して歩き出した。
「ね……ねぇ、まどか。私の事、嫌いになった?」
「どうしてそうなるのよ? さっきも言ったでしょ。私はみいな事が好きなのよ」
今度は、“友達として”という意味で受け取るには、若干苦しいシチュエーションだが――あえて私は、その言葉を繰り返した。
途端、彼女は私の手を強引に解いて、その場に立ち止まった。
彼女の抱えていた教科書や筆記用具が零れ落ち、床に散乱する。
――まだ、私も彼女も教室から出ていない。
先程から私と彼女を残して、この教室の時間が止まっているみたいだった。
「みいな?」
「…………」
おもむろに彼女が私に背中を向けようとしたので、私は慌てて顔を背けた。
今は無理だ。一瞬でも彼女の背中を見たら、私は自分を抑えられない。
彼女の舌の温もりが、まだ私の唇に残っている。彼女と向き合っている内は笑って済ませられるけれど、背中を見た瞬間、その記憶は全て情欲のスパイスへと変換される。――今顔を上げたら、これまで積み上げてきた全てが水の泡になる。
私の為。そして、彼女の為。今だけは、絶対に顔を上げてはいけない。
そう、強く自分に言い聞かせた後、私は彼女に「ごめん」と謝った。
「私の何が、みいなの気を悪くさせたのか分からないけど……私に背を向けないで。
一緒に隣を歩こう? 一緒に手を繋いで歩こう? お願いだから、私に背中を見せないで欲しいの」
うつむいたまま、私は彼女へ向けて言葉を紡ぐ。
……こんな事を言ったのは、初めてだった。いつもは胸に留めておくだけで、決して口に出したりはしなかった。
突然の私からの申し出に、彼女は意味が分からず戸惑ってしまうかも知れない。でも、私からしたら死活問題なのだ。
『みいなを襲ってしまいそうだから』とまでは言えない。言えない苦しみは、私一人で抱えていなければならない。
私は顔を俯けたまま、彼女の返事を待ったけれど――しばしの後に彼女から返ってきたのは、想定外の言葉だった。
――それは私の台詞だよ、まどか――と。
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