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『カランっ』
その音の主は、涼やかな眼差しで夕陽を見つめていた。先刻の青色のワンピースの上に、白地に英文字のロゴが入ったTシャツを重ねている。
横顔をこちらに向け、水色のビンを片手に、その身を朱く染めている。
まただ。またモヤモヤが大きくなっていく。その横顔は、プールで見た時よりも大人びてみえる。もしかしなくても、年上なんだろう。
悠然とたたずむ彼女。
のんびりとまどろむ悪友。
ボクは、…声を発した。
「あ、あの…」
驚く二人。固まったまま動かない悪友に対して、彼女はすぐに表情を崩した。
「ああ、先刻の」
そして笑顔になる。やっぱり柔らかい。その柔らかさが、ボクを動かした。
「フ、フォーム、キ、キレイでしたね!」
悪友は更に目を見開いた。よっぽど珍しいものを見たのだろう。ボクも同じだ。よっぽど珍しいボクだ。
彼女は嬉しそうに微笑んだ。そうすると瞳が隠れるんだ。
「ありがとう♪わたし、水泳部なんだ」
柔らかな笑顔と軽やかな声。モヤモヤは更に大きくなっていく。
「あっ…」
大きくなっていくモヤモヤは、もうどうしようもなくなって、ボクから言葉さえ奪ってしまった。声を出したいのに、続きが出てこない。悪友と共に、ボクも固まってしまった。
彼女はそんなボクを不思議そうに見ていたが、やがて再びラムネを口にした。
『カランっ』
二度目の音で、ボクは唐突に理解した。これはモヤモヤじゃない。
…ドキドキだ。
気がつくと、彼女はラムネを飲み干して、もう一度夕陽を見た。
「じゃあね。」
そう言い放つと、彼女はボクたちに背を向けて歩きだした。ビンを持った反対の手を、軽くかざしてくれていた。
ボクはただ、見惚れているばかりだ。
「…可愛いかったな?」
その言葉に振り返ると、悪友が、笑顔でボクを見ていた。
ボクは彼女の方に向き直し、言った。
「可愛いかったね」
そしてそのままその背中を、見つめ続けた。
その姿が、見えなくなるまで。
ずっと。
ずっと。
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